
理不尽な孫の手(著)
〇あらすじ〇
獣族の誘拐事件を解決したルーデウスは、暴力お嬢様のエリス、歴戦の勇者ルイジェルド、そして新たな仲間のギースと共にミリス神聖国の首都ミリシオンに到達する。城下町で束の間の休息を取ろうとした矢先、ルーデウスはまたもや誘拐事件に遭遇する!!『デッドエンド』の掟に基づき攫われた少年を救い出すため、誘拐犯のアジトに潜入するが、不測の事態によって戦闘を余儀なくされる。敵の団長と戦う最中、その人物の口から漏れた言葉は「ルディ」という自らの懐かしい愛称だった…!?
感動の再会と最悪の再会、別れ。苦い前世の出来事を思い出しては、苦虫を噛み潰したような表情をすることが何回かあるルーデウス。胸中不安定なのは、作中で出てくる重要人物も同じでやりきれなさが尾を引いていく。
そんな様子は周囲に伝播していく。当人が自身で答えを見つけることが大切なんだろうけど、周囲の人達も当人の心を察して静観するか、お節介を焼くか。当人達と、取り巻く周囲の人達の物語が印象に残った。
再会を喜べず衝突する親子
ミリス神聖国へとたどりついたルーデウス一行。何者かに攫われた子どもをルーデウスが助けようとしたら、
攫った集団がフィットア転移事件に巻き込まれ貴族へと売られた奴隷を力づくで救って元の居場所に帰すことを目的とした組織だったという。名をフィットア領捜索団。各大陸に仲間を派遣してフィットア領の住民を見つけて元の場所に帰したり、居場所がない者には個に応じた道を指し示す。
捜索団の団長がパウロだった。・・・え? パウロどうしちまったんだ。無職転生1巻の表紙を堂々とイケメン父親スマイルで飾ったあのパウロが今では無精ひげ生やして頬がこけてやさぐれて酒に入り浸れている。
ルーデウスとパウロは再会するが先に再会を喜べなかった。なにのんきに同じ転移された人たちを探してないでのうのうと楽しそうな旅路を語ってやがるんだと、父パウロはルーデウスの話を聞いて怒気を帯びる。
ルーデウスにとっては父を心配させまいと辛い内容は避けて話していたのに… 皮肉の応酬から親子喧嘩が勃発するわけだが、この拳で語り合う・・・展開がだんだんと熱を帯びていくんだ…昂った感情を拳に宿してぶつかっていく・・・親指を立てた。('∀`)bグッ!!
物心がついたルーデウスの妹ノルンが初めて目にした兄は・・・パウロを一方的に殴り続けていた・・・
結局最後までなんも仲直りや信頼を回復できずに兄妹は別れることになる。確かに幼い子どもにとっては、衝撃的に目に焼き付いちゃうよね。たとえ時間をかけても父を殴る兄という姿がふとした瞬間に脳裏をよぎってしまうのではないかと思ってしまう。幼少時の悲劇はずっと尾を引いていくイメージ。
省みて、面と向かって伝えられるよさ
パウロは息子に期待しすぎていた。ルーデウスならやってくれると。ルーデウスも魔大陸に転移されてミリス大陸までくるのに苦難の連続だった。パウロもルーデウスもそれぞれの立場でがんがってきたんだよね。
すれ違いで衝突しても最後には先の諍いを水に流して、抱擁を交わし、涙を流しながら親子再会の喜びを噛みしめる展開は挿絵とセットで印象的。パウロは捜索団を立ち上げたものの行き詰まりを感じていて周囲からの非難に心をすり減らして酒におぼれる情緒不安定な状態だった。ギースが間に入ってなければパウロは気づかず反省することはなかったのかもしれない。後味の悪さだけ残してやりばのない気持ちが胸中でぐるぐる渦巻いていたのか。精神が摩耗して視野狭窄に陥っている者に気づきを与える第三者、ギース。ルーデウスをよく知っていて、パウロの仲間でもある彼だけが言える助言だったんだろうと。
ルーデウスが前世でひきこもりを始めて最初の頃、学校のクラスメイトが自宅にきて話す楽しそうな学校生活の語りに嫌気がさして突き放して、省みて、次あった時は謝ろうとは決めたけど、再びクラスメイトが来てくれることはなかった。だけど無職転生の世界では違う。パウロと再び会って伝えられたことは、前世と同じ後悔をしないと決めたルーデウスの決意の表れだったと思う。
他に味わい深い小説を求める人に
硬派戦記「烙印の紋章」「レオ・アッティール伝」を手掛けてきたの著者の新シリーズ。
タイトルで想起される軽やかな筆致の物語ではない。
じんわり温まる小説や心揺さぶられる小説、熱い小説に読んでいれば幾度出会うことはあれど、はじめから最後まで味読ができた上で上記のどれかの小説たり得るものは、電撃文庫でデビューして20年活躍している杉原智則先生の小説が筆頭に挙げられる。面白いシーンで楽しませることも大事だけど小説の本質は、読ませる文章で深い没入感があり、味わい深く読める小説であると思う。物語を形作るのは文章だから。面白い上に味読ができれば、最高な小説に化ける。というのは杉原先生の本を手に取ってパラパラめくれば直感で全体的に文章がぎっしり詰まっていると分かる。とにかく読ませる文章と()のキャラの心の声によるテンポが堪らない。笑みをこぼしたり、ぐんぐんのめり込んだり、ドン!と考えさせられる心境に陥ったりと地の文の多さが魅力にしか映らない小説。会話の勢いでごまかさず、紛れもなく地の文で形作る物語で勝負している小説。
物語は、英雄の1人が災厄を阻止した平定後、敗戦国に立って目のあたりにした事実から自身の正義に問いかけ、悩み、虚飾に満ちた真実にメスを入れる物語。現地に立ってみて体感することは、真実は事実を曇らせるということ。読者の現代に通底するテーマがあり、現実に影響を及ぼす力があるライトノベル。
イラストレーターをかえた2年ぶりの続刊に、作品を追っていた多くの読者が歓声を上げた。
少しでも気になったら、1巻の熱いAmazonレビューの数々をご一読ください!
3巻は2年ぶりの続刊であるにもかかわらず1巻よりも星の数が多いのでファンの方々がどれだけ切望されていたか伝わってくるかのようです。著者はブログやTwitterをやっておらず宣伝は発売時の公式アナウンスだけなので多くの口コミが集まるのはうれしい限り。