
理不尽な孫の手(著/文)シロタカ(イラスト)
〇あらすじ〇
図書迷宮から、帰ってきて数週間。
ルーデウスはアリエルを王にするという指令を完遂するため、アスラ王国へとアリエルに同行していた。
決戦に備え、王都アルスの王城にて舞台を整える一行。
数多の妨害を乗り越え、訪れたパーティ当日。アリエルは順調に敵勢力である第一王子を追い詰めていく。
しかし、相手も切り札を隠し持っていて、窮地に陥ることになってしまい……?
「まずい。どうする。どうすればいい。動けない」
ルーデウスは無事にアリエルを王の座に就かせることはできるのか!?
近い存在が人神の使徒になっているかもしれなくても、揺らぐことがない信頼関係が垣間見えた人情の機微に触れた一面だった。多くの言葉はいらない、きっと伝わると信じて疑わないシーンが印象に残った。
強者との戦いの見物で、安心して戦いを見ることができないのがハラハラして戦況をじっくり追える楽しみにつながっていると思う。
後はネタバレを含む感想~
水神レイダの奥義
人神の使徒になっている者が誰か推察し、敵対しつつアリエル王女を王にするために用意周到な計画で臨んだが、水神レイダの登場でもうルーデウスの言う通り詰んでいる状況としか思えなかった。全盛期はとっくにすぎて年老いているレイダだが、誰もが水神がレイダであると認める理由ついての説明、レイダの強さを紹介する文面に心躍った。
2つの奥義を組み合わせてレイダが生み出した剥奪剣界という奥義の前に確かにルーデウス一行は撥ねられるのではないかと思えるレイダの強さ。水神流はカウンター主体で相手の攻撃にあわせて技を繰り出す流派だと思っていたので剥奪剣界という技の凄さに驚いた。
ルーデウスがエリスに言った「お願い、やめて」の一言は静かに放たれた悲痛な叫びだった。たとえエリスが動いて状況が好転してもエリスが斬られて取り返しがつかないことになったらルーデウスは壊れてしまうと思う。
父パウロが死んでもうルーデウスはこれ以上誰も失いたくないし、引き返せる状況ならパウロの時以上に慎重に、石橋を叩いて渡る状況を選ぶだろうと。
信じているからこそ、多くの言葉はいらない
ヒントを与えて本人に納得させて望む動きに誘導する人神の助言通りに動いていたのは予想通りルークだった。1人で煩悶して長年忠誠を誓ってシルフィとはちがって初期の頃からアリエル王女に仕えてきたのに、人質として後ろから捉えて彼女の首筋に剣をあてがうルーク。
ルーク視点で彼の煩悶が苦しそうだった。自分でも分からないぐらい狂っていて、大罪を犯してしまう。
それでもアリエル王女は彼に対して理由を問わず、3つの言葉を言う
「私が言いたいのは、ただひとつです、ルーク」
P252
「私はあなたの王女です」
「ルーク、あなたはなんですか」
アリエルは、ルークが人神の使徒ではないか疑っていたし、式典に臨む前に彼の口から人神であることをはかせていた。それでもいつもと変わらずルークをそばに置いて、剣をあてがわれても理由をきかないことでルークが裏切っていることを見越しているのではなく、長年共にすごしてルークが裏切らないと、自分の騎士であると根から信じているからこそ3つの問いかけで十分だった。本巻で一番感動したところだった。伝わると信じているからこそ、多くの言葉はいらない。清々しい幕引きだった。
ボクはさ、エリスみたいになりたかったんだ
シルフィのアリエルの護衛は終わった。8年という歳月で育まれたルークとシルフィとアリエルの関係は友人以上の特別な関係なんだろう。シルフィは、ルーシーの母として育児で家のことに専念して生活面でルーデウスを支えていくことを語る前にルーデウスからやりたいことを聞かれ、とても印象的な一言をこぼす。
「えっとね、ボクはさ、エリスみたいになりたかったんだ」
P296
対等な立場で、背中を守れる存在。
一番近くでルーデウスを守りたいシルフィの思いがひしひしと伝わってくるようだった。
幼少時に別れてから魔法大学で再会するまで10年くらいの隔たりがあった。
フィットア領消滅からルーデウスと共に旅したのはエリスだし、今でもルーデウスを近くて守れる強い存在はエリスだ。無詠唱魔術を武器に努力を重ねてきたつもりでも、今回の戦いで実力面で遠く及ばないことを実感してしまった気持ちがシルフィにあったら共感する。戦いが避けられない立場のルーデウスを思えばこそ隣に立って近くで守りたい気持ちがあるんだろうと思う。