オリンポスの郵便ポスト 感想

Amazon  BOOK☆WALKER

藻野 多摩夫(著/文)いぬまち(イラスト)
〇あらすじ〇
第23回電撃小説大賞《選考委員奨励賞》受賞作品!
火星へ人類が本格的な入植を始めてから二百年。この星でいつからか言い伝えられている、ある都市伝説があった。
オリンポスの郵便ポスト。太陽系最大の火山、オリンポス山の天辺にあるというその郵便ポストに投函された手紙は、神様がどこへでも、誰にでも届けてくれるという。
――そう、たとえ天国へでも。
度重なる災害と内戦によって都市が寸断され、赤土に覆われたこの星で長距離郵便配達員として働く少女・エリスは、機械の身体を持つ改造人類・クロをオリンポスの郵便ポストまで届ける仕事を依頼される。火星で最も天国に近い場所と呼ばれるその地を目指し、8,635kmに及ぶ二人の長い旅路が始まる――。

裏表紙の帯コメに以下のように書かれている。

最終ページをめくりたくない。いつまでも、この物語の世界の中にいたい。

確かに、オリンポスの郵便ポストという世界に浸っていたいと思った。
大災厄と内戦によって荒廃した火星の世界を舞台に、人々の思いを載せた手紙を届ける長距離郵便配達員のエリスと最期の死に場所を求めているロボットのクロが、都市伝説となっている超巨大火山の天辺にあるオリンポスの郵便ポストを目指して旅する物語。
近未来のSF要素、ロボットと人間が旅路に過去を含めて互いを知っていく物語、納得できる因果によって迎えた現在の環境の話と濃密で、涙腺が刺激される話だった。ああ、これは物語だ、これが読書体験だ、これが物語で勝負している魅力的な小説であると久々に思えた。著者のとある出会いが原点となって書きたいことを書き上げた感じは感覚的に伝わってくるものがあった。そして著者の物語が好きな思いが瑞々しい文体に表れていると思うんですよね。

ネタバレを含む感想

親子

火星開拓の効率化を図るため人体のパーツが全て機械に取っ替えられたクロは人間味に溢れるすてきなレイバーだった。
地球に戻れない片道切符を手に火星に移住して開拓作業を繰り返す毎日。火星がかつての環境を取り戻した時、用済みとなったレイバーたちが反乱を起こすのは納得できる歴史的背景があったので、エリスとクロに危害を及ぼした敵も、敵なりに思いがあることがわかるので単に敵視できない。それをクロもわかっている。
なぜって火星開拓のため送られた人類の7割が囚人だったから。ここで網走監獄かよ!と思った。
クロの場合は国が掲げる国粋主義に反した活動で捕まってしまった。
酷使されたのに反乱軍に加勢せず、人類側について内戦を沈静化させるのに貢献したクロは最後まで心が錆びつかなかったのだと思うと善人すきる人だなと思う。自分たちが働いて移住できる環境にしたのに、そこに住む人々に人間扱いされないなんて悲しい。
そこで旅に同行してくれるエリスがクロは人間!と言ってくれた時は嬉しかったとあったのでよかった。
クロの"人間扱いされるのなんて本当に久しぶりのことでしたから"という言葉で感動した自分は後々物語の後半でさらに感動していた。クロが、あの両親の娘がエリスだと気づく前に"人間扱いされるなんて~"と言ったんだろうけど、あの両親の娘だと気づけば親子なんだなぁ~と、きっとクロは思うでしょう。

内戦の時代、クロがエリスの両親を救出する時に彼女らに言われた言葉

「クロ・メールさんにはお子さんはいらっしゃらないのですか」

P229

戦場だというのに緊張感がなく、クロを人間扱いしてきた両親と、クロは人間よ!といった他でも緊張感なく思ったことを口にしてしまうエリスは親子だなぁと思った。

だからこの物語の間に手紙があると

両親からエリスへのメッセージをビデオで撮ったクロがエリスに出会えて、託された思いを達成したことで最後の心残りがなくなったのはとてもよかったんだけど、エリスにとっては2回も届けたい人に言葉を伝えられなかった悲痛な思いがあってつらい。そこがまた印象的な物語になっているのだとも思う。
1回目は延命措置の70年と育った10年の80年がとうにすぎているので過去の両親からの言葉は届いても、返す言葉は届かない。だからこの物語が日記形式で間に両親への手紙があるんだなと。
2回目は物語の最後・・・オリンポスの郵便ポストへ、クロを背負って向かう途中に言ったエリスの本音トークがクロに届くことはなかった・・・

この物語を通じて、エリスが夢も希望もなくて、過去をばっかり見て生きたっていいじゃないかという考えと、
これからも手紙に託された想いを届けること、火星はまだ生きていて惑星改造の夢はまだ終わっていないから生きていくと希望をもてた着地はロードムービーのようで感動した。


スポンサーリンク