
美奈川 護(著)
発売日 : 2012年3月26日
〇あらすじ〇
音大を出たけれど音楽で食べる当てのないヴァイオリニストの青年・響介。叔父の伝手で行き着いた先は竜が破壊の限りを尽くした-と思える程に何もない町、竜ヶ坂の商店街の有志で構成されたアマチュアオーケストラだった。激烈個性的な面子で構成されたそのアマオケを仕切るボスは、車椅子に乗った男勝りの若い女性、七緒。彼女はオケが抱えている無理難題を、半ば強引に響介へ押し付けてきて-!?竜ヶ坂商店街フィルハーモニー、通称『ドラフィル』を舞台に贈る、音楽とそれを愛する人々の物語。
人の情念をのせた音は雄弁に語る
音楽に生きる街の人々のドラマを追いつつ、オーケストラで1つとなり、調和して音楽を生み出す物語の雰囲気が好きで、客席座る1人として楽曲に浸り、奏でる人々の思いに感傷的になりずっとこの商店街オーケストラの話を年々読めていたらなんていいのだろうと、読み終わった後心の中で響く残響のような余情がありとてもすてきだった。
藤間響介の初恋は、十年前に奏でられたフォルテの重音から始まった。
P9
本作のはじめの1文。子どもの頃に聴いたとある少女のコンサートに衝撃を受け、彼女の演奏を理想としてきた主人公。だがその少女は、あのコンサート一回きりで二度名を聞くことはなく一夜限りのヴァオリニストとなった。幼い頃から父親の音楽教育によりヴァイオリンを弾き続け、音楽大学を卒業してどこのオーケストラの団体にも入れなかった主人公は、ニートとなったが音楽商をやっている叔父の紹介で竜ヶ坂という街のアマチュアオーケストラのコンサートマスターになり、指揮者にしてはヴァイオリンへの造詣が深い車いすに乗る女性と出会うという物語の序盤。つかみがよくて雰囲気が好きでもう止まらないね。
この七緒という女性からあふれでる何者なのか?という興味と彼女の指示で街の人々の音楽に関係した出来事に触れて音楽に生きる人の物語に共感したり心揺さぶられたりする展開が味わい深く、最後は各章の楽曲名に込められた思いに結び付けた話でしめるのが美しい。
七緒は、指揮者のごとく、奏でられるべき音を拾うように竜ヶ坂オーケストラメンバーやその家族のドラマにつっこんでは導いて、最後は演奏者の選択に任せる。そんな物語を進めてく中で見えてくる七緒と、主人公の心に憧憬となって居座り続ける一夜限りのヴァイオリニストとのつながりが見え隠れしていてそそられる。
過去を知る商店街の人々はとても優しい。作中で語られるように残酷で優しい。竜ヶ坂に根付いた音楽の歴史があり、ふだんは離れていてもオーケストラが人々を繋ぐ。各楽器が調和して人々の思いをのせてオーケストラという1つの音楽を生み出すという、まるでこの物語自体が1つの楽曲のようにゆったりした温かな雰囲気から、勢いある音楽で心動されるストーリーとなる。読み手であり、好きな時に彼らの音楽"物語"を見聞きできる一人の観客でもありました。奏でる音が言葉よりも雄弁に語る。読んで楽しみながら音楽を聴いていたのだと。