機龍警察 暗黒市場 上 感想

月村了衛(著) 2020/12
〇あらすじ〇
視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ元警部は、旧知のロシアン・マフィアと組んで武器密売に手を染める。一方、市場に流出した新型機甲兵装が〈龍機兵〉の同型機ではとの疑念を抱く沖津特捜部長は、ブラックマーケット壊滅作戦に着手した。ロシアの歴史と腐敗が生んだ最悪の犯罪社会に特捜部はどう立ち向かうのか。

ロシアの正統的犯罪者との邂逅と警察官の経歴をもつ龍機兵搭乗員の過去

出所が不明だが現在出回っている機甲兵装の5年先の技術をもつ警視庁特捜部の機龍兵。搭乗要員として雇われた3名のうち1巻で日本人の歴戦の傭兵の過去を、シリーズ第2、3巻で元テロリストの壮絶な過去が語られてきた。残る1名の過去と本編が暗黒市場 上・下で語られる。3人の中で唯一警察官(モスクワ)の経歴をもち、辞めた後(裏切りによって逃亡した)は闇市場を転々としてきたユーリ・オズノフの過去もまた、壮絶であり、なんて非情な裏切りであると思い知らされた。警察官としての誇りや矜持どころかよくぞ堕ちても生き抜いて、しがみついて、悪事の片棒を担ごうともなんとかやってきた感じ。文中の裏切りによる皮肉がすぎて、その雰囲気にあった皮肉の描写が巧みで、情景と叙情がよく練り込まれている構成だと、前巻の自爆条項から再三思う。

本作は世界中の国の組織や個人が絡んだネット上やリアルでの武器密輸市場における重大な機甲兵装の取引を阻止しなければならない日本警察と龍機兵搭乗要員の生い立ち、警察官の職務、裏切り、そして警視庁特捜部の創設者との出会いまでを描いたロシア人の過去が語られる。
武器密輸市場でロシア・マフィアが関わる市場をルイナクと呼ぶ。ルイナクの取引を突き止めた警視庁組織犯罪対策部のメンバーは拷問にあい、息耐え耐えの状態でなんとか逃げた先で介抱した警察官もろとも口封じのため重機関銃で一掃される導入から始まる。捜査の足掛かりが得られない状況かと思われたが、ロシア・マフィアの正統的犯罪者と龍機兵要員のユーリは過去に接点があったという話。この接点が顔見知りであり同じ学び舎で言葉を交わした仲であり呪いのような薄気味悪い結びつきをもつもの同士。ユーリの手に刻まれた犬が上・下ともユーリが苛む元凶であり、皮肉なことに不屈の精神を下支えしてきたとも思える。

犬。本作における犬は、イワンの誇り高き痩せ犬としての矜持とロシア・マフィアによって刻まれた呪いという表裏一体の意味合いが濃い。ユーリが警察官となり尊敬する先輩警察官から教えられた心得<痩せ犬の七ヶ条>
1つ1つを各々の先輩方に経験した現場で教えられるシーンはどれもかっこよく、凛々しい姿が印象的で、どの心得も浸透していく感覚を覚えた。そして国家ぐるみの卑劣な裏切りにあい、年月が流れ、失意の底にいるユーリのもとに現れた謎めいた人物

どん底の陋屋にはあまりに不似合いな、洒落たスーツに眼鏡の男だった。中国人か、日本人か。
「アポイントメントなしで申し訳ない。少し君と話したいことがあってきた。私は日本外務省の沖津旬一郎という者だ」

P309

と、今までの沖津部長をみてれば物語の期待値があがるあがる。

自爆条項までの作中で警察官の経歴をもつユーリが特捜部の中で一番警察よりの思いや誇り、やりがいを感じてきた描写があった。警察を抜けて闇市場を渡り歩いてきたというが、根っこのところでは警察官に対して完全な諦念を抱いておらず、外部から雇われた日本警察縦社会における異分子で後ろ指をさされながらも、消える前のろうそくの火ではなかった。自分で落とし前をつけなければならないと沖津部長の命令にたてつくことがあった。こうしてユーリの悲惨で輝かしくもあった過去を読んでいると今までのユーリの言動を思い出すのだ。沖津部長にたてつくところは印象にあるが、一番は1巻の導入にあたるところの現場に突入する制圧班の長にイワンの誇り高き痩せ犬と言われたところ。

イワンの誇り高き痩せ犬。権力の走狗としての微かな自嘲と、人民を守る警察官としての大いなる自尊心。かつて最も身近で慣れ親しんだ言葉。また同時にモスクワの警察官なら誰でも知っている言葉。
それは信頼で結ばれた仲間内でのみ通じる符牒であった。
体の奥で温かい灯のようなものが灯る。

機龍警察[完全版]P64

巻が増すごとに思いが募る一方だ。




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