黄昏街の殺さない暗殺者 感想

寺田海月(著)柏井(イラスト) 2015/12
〇あらすじ〇
裏社会では名の知れた殺し屋・レヴンは、貴族の文化である「菓子」を市民に広めようとし、自ら店を切り盛りする巷では話題の貴族令嬢・カミーリアから、ある依頼をされる。それは「傍にいて、誰も殺すな」という、奇妙な内容だった。陽の下を生きてきたお嬢様と、闇の世界を這いずってきた暗殺者。死を与える者と、生の笑顔を与える者。まったく別の生き方をしてきた二人は、時に対立しながらも日々を過ごす。
しかし、その裏では国を揺るがす巨大な陰謀が蠢いていた――。

クッキーでみんなを幸せにしたい

クッキーでみんなを幸せにしたいと命を懸ける日の当たる世界にいる少女と、その世界ではお目にかかれない影の世界で殺し屋をしている主人公が出会い始まるファンタジー。

「命を懸ける、ね。軽々しく言ったものだな」
クッキーのために人が殺せるか?殺せやしない。
「軽くなどありませんわ」

P34

納得のいく依頼料でクッキーを作る貴族令嬢の少女の傍にいて、誰も殺さない依頼を受けることになった主人公は「クッキーに命を懸ける」などとのたまう少女に上記のように言ったが、傍にいるうちに驚きと呆れを通り越して、本気にクッキーに向き合い、クッキーでみんなを幸せにしたいという少女の姿を見ていくことになる。
少女のクッキーへの情熱とクッキーを楽しんでもらいたい思いが伝わってくる。
学校に通いながらクッキー屋をきりもりする少女と優秀なメイド。一心同体の絆の強さ。
少女をよく思わない者からの店前での仕打ちを、場を盛り上げる喜劇にかえてみせるといったクッキーのことになると才能を発揮した立ち回りの数々が見物だった。いつもやっているというお菓子の新作発表と聴衆を楽しませる中々型破りなパフォーマンスでアイドル的存在となっている少女。しかし同時に殺し屋の主人公が抱える復讐心とクッキーの取引先の人の死が絡んだ事件からとんだ陰謀に巻き込まれていくことになり暗雲がたちこめそうだが、彼女の手が汚れることはない。

「死んだら、美味しいクッキーが食べられないじゃない」

P170

危害を加えてくる相手でさえ、おいしいクッキーを食べさせてあげたいお客様だとカウントする彼女の心に、そして読み進めていくとわかる彼女なりのまばゆいばかりの復讐のやり方を知って、後ろ暗いことに見舞われてもクッキーのため、関わる大切な人のためにと奮闘する彼女なりのやり方に芯の強さをみた。悪事に手を染めた汚れた手でクッキーを作りたくない、それが間接的な悪事でさえも。

陰謀への打開策も最後は彼女らしいというか、明るく映る凄まじい行動力を披露していて事態は差し迫っていても不安を持ち前の"光"ではねのけてみせる勇姿を見た。
きれいすぎるやり方も貫徹できないのが現実というもの。現実的なことを知っていく少女と、少女にかかわって変わっていく主人公の考えを見ていった。蠢く陰謀や血が流れる話でありながら優しいファンタジーであったと最後に思った。優しいはぬるいという意味合いではなく、空いた穴をふさいで以前よりは世界が明るく見えるようになる優しさ。

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